2012年9月10日月曜日

会食恐怖に関しての記事。

この記事に関して、大変興味を持たれている方が多いようです。

その辛さ、苦しみは経験した者しか解りません。

ただ、この記事は私個人が経験した経緯について書きとめたものであり、医学的根拠等に基づいている訳ではありません。

「こうすれば治る」といった考えを一方的に勧めているわけではないので、あくまで、治った奴もいるんだな、という程度でお読みください。

2012年7月14日土曜日

やっぱり「諦めない」ということ。

今日、某出版社から内定をもらった。

以前ブログに書いたNPO立ち上げの件は実際、実務に携わるわけではなく、スタートを切るまでの補佐的立場で、かと言ってその後まったく関わりをもたないわけでもない。続く限り役に立てればいいなとおもっている。

実務に関わらなかったのは、自分が給料をもらうなら、ほかの若い人に専任として頑張って欲しいという思いからだった。

08年に個人でNPOを始めて以来、非営利でおカネを稼ぐことがいかに大変なのかを思い知らされた。ある程度の規模でやるとなったとき、自分はそこで金をもらうのは気が引けた。むしろ、外側から繋がっていたほうが、気持ちが楽だった。

それにNPOそのものに限界といったら大げさだけど、自分ができる範疇が見えてしまったのも一因で、少し距離を置きたいと思っていた。やはり、行政の常識、企業の常識、NPOの常識はそれぞれあるわけで、NPO以外のところではいま、どういう考え方の元、仕事を進めているのか肌で感じたかった。

24~28歳のときは絶対に雇われる人生は嫌だと考えていた。
それは外的な要因で自分の思い通りにいかないことが多すぎて、「こんなのやってられっか!」という、まだおしりの青い若者のよくあるパターンだったのかもしれない。

しかし、自分でやろうと思えば思うほど、外側の情報が少なくなってくると怖くなってきた。独善的ではないか?もう、こんなやり方は古いんじゃないか?周りの人は頑張ってくださいとかいってくれるけど、どこまで親身になってくれているかなんてわからない。


「このまま今度の会社で・・・」とも思ったが、やはり、ライフワークの中からNPOは外せなかった。だから個人事業主は継続するし(労働契約で問題なかった)、10月からの活動にも積極的に参加する。ただ、農業のI・Uターン事業に関してはしばらく時間がとれない。結構、タイミング的に今だったら行けるかなと真剣に考えていたが、あまり手を広げ過ぎるとまたoverworkになってしまうので、定期的なシンポなどに顔を出せればいいかなという具合である。

今回、ひとつ感じたのはあまり長いスパンで自分を追い込まない事が大事なのではないかということ。仮に1週間で仕事を辞めちゃったとしても、悔いがないならそれでいい。ただ、中途半端だけは絶対によくない。だから自分で1個目標を立てたらそれを達成できるようがんばり、それができたらまた次の目標をたてる。それがあまり自分の首を締めすぎないように適度なゆとりをもってこなしていくことが長くやっていけるコツなのではないかな、と思っている。

2012年6月14日木曜日

精神障害者雇用義務化へ

敢えて言う。

障害者雇用が一般雇用と比べ差があるかといえば、ない。

それは何人もの当事者から「障害に関してのサポートはあっても自分の仕事の内容はなんらほかの社員とかわらない」と、聞いているからからだ。

一流企業に勤めていたひとは残業も休日出勤もあるといっていた。もちろんのその分の手当てはつく。

いい意味で、「だれも助けてくれない」

これは当事者からすれば、チャレンジである。

チャンスはいまでもごろごろ転がっている。しかし、社会の環境がそうではなかった。これからは何も気にせず、堂々と企業の門を叩けばいい。


一方で、自立支援をおこなうNPOや団体はツイッターで書いたように、これまでのようなぼんやりとしたゴールを設定していては利用者は来なくなる。

利用者が本気なら、サポートする側もプロ意識を持つべきだ。

2012年5月18日金曜日

加藤さんと菊間さん

昨日のNHKの「ポートレートM」という番組でおふたりだ対談していた。

本当に芯の強い女性なんだなと思った。

菊間さんは朝日新聞や、書籍でこれまでの経緯を読んだが、本人の口から発せられる言葉には重みがあった。

尊敬します。お二人とも。

2012年5月7日月曜日

決められない民主主義~NHK特番~

先週の金曜日の深夜、Eテレでやっていた討論番組をNHKでやっていた。

観るつもりは全くなかったが、論者を1970年生まれ以降に絞っているという点で、どういう番組になるのか興味をもった。

NHK大好きの私だが、この番組はつまらなかった。

いろいろ文句を言いたいが、番組内のパネリストが「ポジ出し」をしていきましょう!(ダメだしの対義語らしい)と、言っていたので最小限に留めておく。


まず、民主主義をテーマにする事自体、テーマがぼやけすぎ、でかすぎ。

決められない民主主義~民主党政権~みたいなものだったらまだわかる。

司会者が「朝まではできないんで(笑)」と、某番組を意識した発言をしていたが、冒頭から何を論ずるのか良くわからなかった。

一番のミソはあの番組を政治・哲学・社会学等の知識を持たない(私もふつーの一般視聴者としてみました)人が理解できるのか?ということだ。

各論者は私からすれば意味不明な難解用語を次々と繰り出し、自分の主張を高尚なものに練り上げていく。討論というより、授業を聞いている感覚だった。当然一方的な授業はつまらないわけで…。

また、その用語を解説したVTRが作られていること自体、いかに一般人とかけ離れたやり取りをしているのかがよく分かる。視聴者が理解できない討論番組をやって何の意味があるのか。

そりゃ、おまえが無知なだけだろ?という批判は今回ばかりは勘弁してほしい。

なぜなら、この話を他の人に用語も含めて話したところ、???の連続だったからだ。

だいぶ噛み砕いてこの反応なのだから、番組そのものはチンプンカンプンだろう。たぶん。


さらに身も蓋もない事をいうなら、決められない民主主義ではなく、いまの日本は決めたくないとう意思決定が立派に働いているということだ。

選挙に若い世代が投票しないのも、政治に無関心など様々な理由はあるにせよ、根底には現状維持で充分という認識があるからこそだれも動かない。

また、これまでは保守派と主張する自民党が高度経済成長と共に、うまく地方も含め日本経済を回してきた。グレーな部分もあったかもしれない。

しかし、改革を訴える民主党を含めリベラル派は旧体制を壊すところまでは一致団結するが、そのあとは空中分解する。細川政権の時も同じ。そして今も同じ。

かつては民主の中枢の政治家が保守勢力だったような気もするが、結局、いろいろなところでわがままな主張がまかり通るようになり、新党ばかりが増えていく。

政権交代は社会実験ではない。

やってみたけど、だめだったは通用せんのです。こんな政治に無理やり意志決定を押しつけたところで、機能するはずがない。それを国民は知っている。

だったら、現状のほうがまだマシだと考える人がいてもおかしくはない。

じゃあ、今の日本はこのままでいいのかといえば、それも違う。

ヨーロッパのように政治や文化が成熟していくのならばまだしも、実が成るまえにもぎ取られてしまうか、根っこごと差し替えみたいなことばかりやっているからまったく成長しない。

大阪の橋下さんも東京の石原さんも、意志決定の仕組みを変えていくのはいいが、それ以前に国会議員がみんな両氏のように気概と志をもって国政に臨んでいたら、そんなに変える必要ないんじゃないですかね。

小泉さんは立派にやっていたじゃない。

ということはやっぱり最後は「人」だよね、って結論になってしまう。

被災地復興はもちろんだけど、拉致問題とかどうなっちゃたわけ?

日本国民の尊厳が侵されている今にあって、そこにまったく政治が向き合わないのはいかがなもんか。

あ、だいぶ長文になっている・・・。ここいらでやめておきます。