すごくつらい、苦しい。これ誰でも経験したことあると思うんです。
その時は、今世界で一番自分がつらい想いをしていて、誰にもそのつらさはわからないんだ!
それは間違いじゃないと、いつも思ってます。
周りがくだらないと思うようなことでも、その人にとってその悩みが一番優先される問題である以上。
だから、あんまり簡単に軽い言葉を投げないようにしています。
逆に人間はその悩みを客観視できた瞬間からどんどん小さくなっていきます。
主観で捉えていたものが、自分の手から離れたとき、苦しみから解放されるのです。
それには時間・継続・試行錯誤…など様々なことを経てようやく気付きます。
大切なものを失ったとしても、同じ経験をした人がいると知った瞬間、少しは心の傷が癒えるでしょう。
自分だけが・・・と思えば思うほど、視界はせまくなります。
僕はこの1年、そんなころを頭ではなく、心で実感したような気がするのです。
2012年12月2日日曜日
2012年10月19日金曜日
ASKAにはいつも勇気をもらう。
このタイトルを見たら、もう予約ボタンをポチっと押していた。
僕がはじめてCHAGE&ASKAの曲を聴いたのは小学校4年生。
ちょうど転校して、新しい街をいろいろ散策していたときに入ったCDショップで買った。
まだCDを買うにはけっこうお小遣いをためないといけない歳頃だっらから、買ったときの嬉しさはたまらなかったなー。
あれから20年。
いまでも生活の一部にASKAの曲は溶け込んでいます。
何度も何度も聴いた曲だけれど飽きない。
これからもずっと聴いているんだろうな。
どこまでも伸びる高音。
カラオケでへたくそなりに歌いこなすのが楽しかった。(今でもカラオケで歌うけど)
7年ぶりのオリジナルも発表されて、なんだか今週はわくわくすることが多いです。
2012年9月10日月曜日
会食恐怖に関しての記事。
この記事に関して、大変興味を持たれている方が多いようです。
その辛さ、苦しみは経験した者しか解りません。
ただ、この記事は私個人が経験した経緯について書きとめたものであり、医学的根拠等に基づいている訳ではありません。
「こうすれば治る」といった考えを一方的に勧めているわけではないので、あくまで、治った奴もいるんだな、という程度でお読みください。
その辛さ、苦しみは経験した者しか解りません。
ただ、この記事は私個人が経験した経緯について書きとめたものであり、医学的根拠等に基づいている訳ではありません。
「こうすれば治る」といった考えを一方的に勧めているわけではないので、あくまで、治った奴もいるんだな、という程度でお読みください。
2012年7月14日土曜日
やっぱり「諦めない」ということ。
今日、某出版社から内定をもらった。
以前ブログに書いたNPO立ち上げの件は実際、実務に携わるわけではなく、スタートを切るまでの補佐的立場で、かと言ってその後まったく関わりをもたないわけでもない。続く限り役に立てればいいなとおもっている。
実務に関わらなかったのは、自分が給料をもらうなら、ほかの若い人に専任として頑張って欲しいという思いからだった。
08年に個人でNPOを始めて以来、非営利でおカネを稼ぐことがいかに大変なのかを思い知らされた。ある程度の規模でやるとなったとき、自分はそこで金をもらうのは気が引けた。むしろ、外側から繋がっていたほうが、気持ちが楽だった。
それにNPOそのものに限界といったら大げさだけど、自分ができる範疇が見えてしまったのも一因で、少し距離を置きたいと思っていた。やはり、行政の常識、企業の常識、NPOの常識はそれぞれあるわけで、NPO以外のところではいま、どういう考え方の元、仕事を進めているのか肌で感じたかった。
24~28歳のときは絶対に雇われる人生は嫌だと考えていた。
それは外的な要因で自分の思い通りにいかないことが多すぎて、「こんなのやってられっか!」という、まだおしりの青い若者のよくあるパターンだったのかもしれない。
しかし、自分でやろうと思えば思うほど、外側の情報が少なくなってくると怖くなってきた。独善的ではないか?もう、こんなやり方は古いんじゃないか?周りの人は頑張ってくださいとかいってくれるけど、どこまで親身になってくれているかなんてわからない。
「このまま今度の会社で・・・」とも思ったが、やはり、ライフワークの中からNPOは外せなかった。だから個人事業主は継続するし(労働契約で問題なかった)、10月からの活動にも積極的に参加する。ただ、農業のI・Uターン事業に関してはしばらく時間がとれない。結構、タイミング的に今だったら行けるかなと真剣に考えていたが、あまり手を広げ過ぎるとまたoverworkになってしまうので、定期的なシンポなどに顔を出せればいいかなという具合である。
今回、ひとつ感じたのはあまり長いスパンで自分を追い込まない事が大事なのではないかということ。仮に1週間で仕事を辞めちゃったとしても、悔いがないならそれでいい。ただ、中途半端だけは絶対によくない。だから自分で1個目標を立てたらそれを達成できるようがんばり、それができたらまた次の目標をたてる。それがあまり自分の首を締めすぎないように適度なゆとりをもってこなしていくことが長くやっていけるコツなのではないかな、と思っている。
以前ブログに書いたNPO立ち上げの件は実際、実務に携わるわけではなく、スタートを切るまでの補佐的立場で、かと言ってその後まったく関わりをもたないわけでもない。続く限り役に立てればいいなとおもっている。
実務に関わらなかったのは、自分が給料をもらうなら、ほかの若い人に専任として頑張って欲しいという思いからだった。
08年に個人でNPOを始めて以来、非営利でおカネを稼ぐことがいかに大変なのかを思い知らされた。ある程度の規模でやるとなったとき、自分はそこで金をもらうのは気が引けた。むしろ、外側から繋がっていたほうが、気持ちが楽だった。
それにNPOそのものに限界といったら大げさだけど、自分ができる範疇が見えてしまったのも一因で、少し距離を置きたいと思っていた。やはり、行政の常識、企業の常識、NPOの常識はそれぞれあるわけで、NPO以外のところではいま、どういう考え方の元、仕事を進めているのか肌で感じたかった。
24~28歳のときは絶対に雇われる人生は嫌だと考えていた。
それは外的な要因で自分の思い通りにいかないことが多すぎて、「こんなのやってられっか!」という、まだおしりの青い若者のよくあるパターンだったのかもしれない。
しかし、自分でやろうと思えば思うほど、外側の情報が少なくなってくると怖くなってきた。独善的ではないか?もう、こんなやり方は古いんじゃないか?周りの人は頑張ってくださいとかいってくれるけど、どこまで親身になってくれているかなんてわからない。
「このまま今度の会社で・・・」とも思ったが、やはり、ライフワークの中からNPOは外せなかった。だから個人事業主は継続するし(労働契約で問題なかった)、10月からの活動にも積極的に参加する。ただ、農業のI・Uターン事業に関してはしばらく時間がとれない。結構、タイミング的に今だったら行けるかなと真剣に考えていたが、あまり手を広げ過ぎるとまたoverworkになってしまうので、定期的なシンポなどに顔を出せればいいかなという具合である。
今回、ひとつ感じたのはあまり長いスパンで自分を追い込まない事が大事なのではないかということ。仮に1週間で仕事を辞めちゃったとしても、悔いがないならそれでいい。ただ、中途半端だけは絶対によくない。だから自分で1個目標を立てたらそれを達成できるようがんばり、それができたらまた次の目標をたてる。それがあまり自分の首を締めすぎないように適度なゆとりをもってこなしていくことが長くやっていけるコツなのではないかな、と思っている。
2012年6月14日木曜日
精神障害者雇用義務化へ
敢えて言う。
障害者雇用が一般雇用と比べ差があるかといえば、ない。
それは何人もの当事者から「障害に関してのサポートはあっても自分の仕事の内容はなんらほかの社員とかわらない」と、聞いているからからだ。
一流企業に勤めていたひとは残業も休日出勤もあるといっていた。もちろんのその分の手当てはつく。
いい意味で、「だれも助けてくれない」
これは当事者からすれば、チャレンジである。
チャンスはいまでもごろごろ転がっている。しかし、社会の環境がそうではなかった。これからは何も気にせず、堂々と企業の門を叩けばいい。
一方で、自立支援をおこなうNPOや団体はツイッターで書いたように、これまでのようなぼんやりとしたゴールを設定していては利用者は来なくなる。
利用者が本気なら、サポートする側もプロ意識を持つべきだ。
障害者雇用が一般雇用と比べ差があるかといえば、ない。
それは何人もの当事者から「障害に関してのサポートはあっても自分の仕事の内容はなんらほかの社員とかわらない」と、聞いているからからだ。
一流企業に勤めていたひとは残業も休日出勤もあるといっていた。もちろんのその分の手当てはつく。
いい意味で、「だれも助けてくれない」
これは当事者からすれば、チャレンジである。
チャンスはいまでもごろごろ転がっている。しかし、社会の環境がそうではなかった。これからは何も気にせず、堂々と企業の門を叩けばいい。
一方で、自立支援をおこなうNPOや団体はツイッターで書いたように、これまでのようなぼんやりとしたゴールを設定していては利用者は来なくなる。
利用者が本気なら、サポートする側もプロ意識を持つべきだ。
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