2016年7月6日水曜日

心がポッキと折れてもまた根は生える。

ここ数回、自己啓発みたいな記事を書いているけど、まんざら自分に言い聞かせている部分がなくもない。

今年は去年の感じでいくと結構、仕事が前に進むんじゃないかと思っていた。

どっこい、全くうまくいかず四苦八苦していたのがこの半年。

個人で仕事をやっている以上、どんどん攻めていかないと良い仕事に巡り会えない。

好きでやってんだから、不満はないけど「コンチクショー」っていう感情ばっかり。

それだけ、世の中厳しいし、世界全体を覆う見えない不安が人の心に知らぬ間に入り込んでいる。


だからといって、そこで「もうや~めた」と立ち止まっても、誰も気にかけてはくれない。やっぱり自分で気持ちを再点火させなければ、環境は変わらないのだ。

ボコボコに叩きのめされようと、起き上がりくらいつく。

そんな精神論はもう古いといわれるかもしれないが、現実、そのくらいの気概がないと飯は食っていけない。

今もその真っ只中だけど、やるしかありません。

あとで、「あ~あんときしんどかったな~」と言えるように。

2016年6月23日木曜日

企業と学歴。

昨日は6年ぶりぐらいに新宿の地に赴いた。

バスタ新宿がホームの上にあるとも露知らず、やけにすっきりしてしまった南口前の甲州街道に立ち尽くしてしまった。

ある会社に伺うために新宿へいったわけだが、ドトールで時間調整でコーヒーを飲んでいたら、段々就活生で席が埋まってきた。緊張した面持ちで手帳に目をやり、必死に何か書き取っている学生もいた。

僕が学生のときと同じ景色。当時はスマホなんてなかったから、ぎりぎりまで情報収集するなんてことはできず、玄関をでたら腹を括って音楽を聴いていたっけ。

オリンピックの選考みたいに結果がカタチで分かるものは、就職活動における不愉快な緊張感はない。3番以内とか、10番以内とか、明確な設定値をクリアすれば決まるからである。

だが、企業の採用は面接中でも空気が一変することもあるし、明確な基準がないから良い意味で未知数の部分を評価して取ってもらえることもある。ただ、学生たちが昔と変わらず内定取りに躍起になり、心の安定剤として内定を複数獲得に走る光景はいささか残念な気持ちになる。

時系列を巻き戻せば、親は「いい会社」、いや「いい生活」をさせたいから、子どもに勉強させる。自分だってそうやっていた。成績は上じゃなかったが、どうしたらこの先自分が食っていけるのか、社会人へのスタートが近くなればなるほど考えた。むしろ、大学では企業研究よりも自分の社会でのスタンスの置き方をどうすべきか、サラリーマンなのかフリーランスなのか、公務員なのかみたいなことを考えていた。

学生が新社会人になって面食らうのはどの会社でもけっこうみんな同じようなことをやらされ、継続と忍耐が求められるということ。その準備期間があってはじめて「仕事らしい」仕事を任される。安定と挑戦が同時にされる環境はめったにないといっていいと思う。社風こそ違えど、こんだけ似たような労働問題があちらこちらから湧き出てくる時点で根っこはみんな似ていることをものがたっている。

中途採用が当たり前になり、野球でいえばいつでもみんなFAで好条件の環境に集まってくる。そこでしのぎを削るか、球団一筋でみんなに愛されながら仕事をするか。たった数パーセントの大企業にしか幸せがないと思ったら、人生損をする。

2016年5月23日月曜日

客観的な肉体的衰え

昨日、浅田真央の特集をやっていて、彼女は25歳にして、「疲れが抜けない」と発言していた。

じゃあ、私はどうなのか。

20代前半の頃と比べると、何が一番変わったかというと、「質」の問題だと思う。

食事もやっぱりビックマックはあんまり食べたいと思わないし、朝から牛丼も無理。

体力は持続性が求められるものはこたえる。

睡眠はやっぱり、深い眠りは実感できない。

体重や内臓などはさして何も変化はないが、確実に衰えを実感させてくれる浅田真央のインタビューだった。

でも気持ちは20歳!

きもっ!(笑)

2016年1月3日日曜日

2016年、あけましておめでとうございます。

謹賀新年。

今年もよろしくお願い致します。

このブログ、もう9年ちかくやってたんですね・・・。

長い、9年は。

元旦は来客がいたにもかかわらず、酔っ払ってそのまま寝てました。

帰った事もしらず・・・。

午前中まではよかったんですけど。ビール呑み始めたらとまらなくなり、恥ずかしいかぎりです。

昨日はなにしてたんだっけ?

やばい、すぐにでてこない!


こういうふうに歳を取っていくんです。

明日からは仕事再開しますんで、よろしくお願いします。

各方面の方々。

健康第一で、1年がんばりましょー!

2015年11月4日水曜日

布団のなかの0.1度の温度差。

この時期、なかなか布団の中からでられなくなる頃だ。

でも、寝つきが悪かったり、途中で目が覚めてしまったり、布団の温もりが自分の体温と共に不快なものになる。

うっすらと汗がカラダにまとわりつき、何度カラダを反転させても熱が逃げた気がしない。

疲れているのにこの状況はさらに寝つきを悪くする。

たぶん、本当は布団のなかの温度などそんなに問題ではないのだ。

興奮し、不安に似た感情が生まれ、はやく眠りたいという願望が余計に焦りを生む。

もう、今夜は寝れなくていい。そう腹を括ると意外と睡魔がやってくる。

そんなもんなのだ。

もちろん、不眠の辛さをしっているから、簡単にいえる。

知らない事を知ったかぶって書いたところで、何の意味も無い。

だから、苦しいとか、悲しいとか一言で表現できてしまうその言葉の振り幅はとても大きくて、自分が世界で一番苦しいとも思っていないし、一番自分が軽いとも思っていない。

でも、そこに何らかの相手への思いやりが欠如していることが多い。

頑張れとか、気にするなとか、たいした問題じゃないとか。

なぜ、そう言いきれる?

そんな話を一回り下の世代の人に話をしました。

全部理解しなくてもいい。

最低でも、自分が嫌な気持ちになる事を相手に置き換えて考えてみて、と伝えました。