2017年でブログをはじめてから10年か。
なんでも10年やりゃ、それなりにカタチに残るね。
あと1年か。
最近、書く本数も減ったし、自分の気持ちを整理する場所としての役目は少なくなってきているのかもしれない。
前も書いたが、1人でも読んでくれる人がいるかぎりやめないが、一ヶ月のカウントが「0」になるその日がきたら、ちょっと考えると思う。
なんか月初めでくら~い内容でした。
つらいこと、嫌なことがあったわけではありません。
ただ、押入れから写真が出てきたときと同じで、自分の過去の記事を見てたら、こんなこと書いていたのかと、物思いにふけってしまっただけです。
2016年9月5日月曜日
2016年8月1日月曜日
私はあなたに何ができるのか。
ここ最近のニュースは暗いニュースが多くて、気分が落ち込みます。
月の頭にブログを書くのは久々で日曜日の夜をPCいじりしながら過ごしているわけです。
今年は梅雨が長引いたおかげで体力を今のところ温存できており、8月の仕事はいけるんではないかと、淡い期待をいだいているんですが、さてさて…。
新年度に入って若い世代の人と一緒に仕事をする機会が多く大変刺激を受けています。
Word、Excelよく分からないみたいなこと言ってるんですが、それはしょうがないと思って全然気にしてません。教えたらいいだけですから。
それより、やたらと自分の権利というか、これはここまででしょう!と、自身満々に言われることが多く、○○ハラを引き合いに出し、完全に世代間の深い溝を感じてしまいます。
でも、たぶん僕らが10年前も一緒で親身になって怒ってくれた先輩には、今でも感謝をし、飯をくったりしています。そんなもんです、結局。
まあ、最初は良く分からないことだらけでつまんないなあと思うのは仕方がないと思いますが、「この仕事に惚れた!」っていうのがないと、長続きしない。どうモチベーションあげようとしても、エネルギー源がないんだから。
恥ずかしながら、僕自身「面白い」ちょっとアドレナリンでてる!と、感じ始めたのは5年ぐらい前からです。20代はバサロキック状態で水面に浮上すらしていなかった。
浮上のきっかけは自分がどの距離の泳ぎをしているのかわかってきたからです。
以前は100m、ばっかり。泳ぎ終わっては「なんか違う」の連続。
そのうち、あれ、自分は400?みたいな?マークがぽつぽつ頭の中で沸いてくるんです。
そうすると、泳ぎ方が変わってくる。対象となるものが見えてくる。
そうすると、必要なものが分かってくる。この循環に入ることができたら、もうあとは身を流れにまかせるだけです。
気づけば頭でっかちな自分はもういません。
月の頭にブログを書くのは久々で日曜日の夜をPCいじりしながら過ごしているわけです。
今年は梅雨が長引いたおかげで体力を今のところ温存できており、8月の仕事はいけるんではないかと、淡い期待をいだいているんですが、さてさて…。
新年度に入って若い世代の人と一緒に仕事をする機会が多く大変刺激を受けています。
Word、Excelよく分からないみたいなこと言ってるんですが、それはしょうがないと思って全然気にしてません。教えたらいいだけですから。
それより、やたらと自分の権利というか、これはここまででしょう!と、自身満々に言われることが多く、○○ハラを引き合いに出し、完全に世代間の深い溝を感じてしまいます。
でも、たぶん僕らが10年前も一緒で親身になって怒ってくれた先輩には、今でも感謝をし、飯をくったりしています。そんなもんです、結局。
まあ、最初は良く分からないことだらけでつまんないなあと思うのは仕方がないと思いますが、「この仕事に惚れた!」っていうのがないと、長続きしない。どうモチベーションあげようとしても、エネルギー源がないんだから。
恥ずかしながら、僕自身「面白い」ちょっとアドレナリンでてる!と、感じ始めたのは5年ぐらい前からです。20代はバサロキック状態で水面に浮上すらしていなかった。
浮上のきっかけは自分がどの距離の泳ぎをしているのかわかってきたからです。
以前は100m、ばっかり。泳ぎ終わっては「なんか違う」の連続。
そのうち、あれ、自分は400?みたいな?マークがぽつぽつ頭の中で沸いてくるんです。
そうすると、泳ぎ方が変わってくる。対象となるものが見えてくる。
そうすると、必要なものが分かってくる。この循環に入ることができたら、もうあとは身を流れにまかせるだけです。
気づけば頭でっかちな自分はもういません。
2016年7月6日水曜日
心がポッキと折れてもまた根は生える。
ここ数回、自己啓発みたいな記事を書いているけど、まんざら自分に言い聞かせている部分がなくもない。
今年は去年の感じでいくと結構、仕事が前に進むんじゃないかと思っていた。
どっこい、全くうまくいかず四苦八苦していたのがこの半年。
個人で仕事をやっている以上、どんどん攻めていかないと良い仕事に巡り会えない。
好きでやってんだから、不満はないけど「コンチクショー」っていう感情ばっかり。
それだけ、世の中厳しいし、世界全体を覆う見えない不安が人の心に知らぬ間に入り込んでいる。
だからといって、そこで「もうや~めた」と立ち止まっても、誰も気にかけてはくれない。やっぱり自分で気持ちを再点火させなければ、環境は変わらないのだ。
ボコボコに叩きのめされようと、起き上がりくらいつく。
そんな精神論はもう古いといわれるかもしれないが、現実、そのくらいの気概がないと飯は食っていけない。
今もその真っ只中だけど、やるしかありません。
あとで、「あ~あんときしんどかったな~」と言えるように。
今年は去年の感じでいくと結構、仕事が前に進むんじゃないかと思っていた。
どっこい、全くうまくいかず四苦八苦していたのがこの半年。
個人で仕事をやっている以上、どんどん攻めていかないと良い仕事に巡り会えない。
好きでやってんだから、不満はないけど「コンチクショー」っていう感情ばっかり。
それだけ、世の中厳しいし、世界全体を覆う見えない不安が人の心に知らぬ間に入り込んでいる。
だからといって、そこで「もうや~めた」と立ち止まっても、誰も気にかけてはくれない。やっぱり自分で気持ちを再点火させなければ、環境は変わらないのだ。
ボコボコに叩きのめされようと、起き上がりくらいつく。
そんな精神論はもう古いといわれるかもしれないが、現実、そのくらいの気概がないと飯は食っていけない。
今もその真っ只中だけど、やるしかありません。
あとで、「あ~あんときしんどかったな~」と言えるように。
2016年6月23日木曜日
企業と学歴。
昨日は6年ぶりぐらいに新宿の地に赴いた。
バスタ新宿がホームの上にあるとも露知らず、やけにすっきりしてしまった南口前の甲州街道に立ち尽くしてしまった。
ある会社に伺うために新宿へいったわけだが、ドトールで時間調整でコーヒーを飲んでいたら、段々就活生で席が埋まってきた。緊張した面持ちで手帳に目をやり、必死に何か書き取っている学生もいた。
僕が学生のときと同じ景色。当時はスマホなんてなかったから、ぎりぎりまで情報収集するなんてことはできず、玄関をでたら腹を括って音楽を聴いていたっけ。
オリンピックの選考みたいに結果がカタチで分かるものは、就職活動における不愉快な緊張感はない。3番以内とか、10番以内とか、明確な設定値をクリアすれば決まるからである。
だが、企業の採用は面接中でも空気が一変することもあるし、明確な基準がないから良い意味で未知数の部分を評価して取ってもらえることもある。ただ、学生たちが昔と変わらず内定取りに躍起になり、心の安定剤として内定を複数獲得に走る光景はいささか残念な気持ちになる。
時系列を巻き戻せば、親は「いい会社」、いや「いい生活」をさせたいから、子どもに勉強させる。自分だってそうやっていた。成績は上じゃなかったが、どうしたらこの先自分が食っていけるのか、社会人へのスタートが近くなればなるほど考えた。むしろ、大学では企業研究よりも自分の社会でのスタンスの置き方をどうすべきか、サラリーマンなのかフリーランスなのか、公務員なのかみたいなことを考えていた。
学生が新社会人になって面食らうのはどの会社でもけっこうみんな同じようなことをやらされ、継続と忍耐が求められるということ。その準備期間があってはじめて「仕事らしい」仕事を任される。安定と挑戦が同時にされる環境はめったにないといっていいと思う。社風こそ違えど、こんだけ似たような労働問題があちらこちらから湧き出てくる時点で根っこはみんな似ていることをものがたっている。
中途採用が当たり前になり、野球でいえばいつでもみんなFAで好条件の環境に集まってくる。そこでしのぎを削るか、球団一筋でみんなに愛されながら仕事をするか。たった数パーセントの大企業にしか幸せがないと思ったら、人生損をする。
バスタ新宿がホームの上にあるとも露知らず、やけにすっきりしてしまった南口前の甲州街道に立ち尽くしてしまった。
ある会社に伺うために新宿へいったわけだが、ドトールで時間調整でコーヒーを飲んでいたら、段々就活生で席が埋まってきた。緊張した面持ちで手帳に目をやり、必死に何か書き取っている学生もいた。
僕が学生のときと同じ景色。当時はスマホなんてなかったから、ぎりぎりまで情報収集するなんてことはできず、玄関をでたら腹を括って音楽を聴いていたっけ。
オリンピックの選考みたいに結果がカタチで分かるものは、就職活動における不愉快な緊張感はない。3番以内とか、10番以内とか、明確な設定値をクリアすれば決まるからである。
だが、企業の採用は面接中でも空気が一変することもあるし、明確な基準がないから良い意味で未知数の部分を評価して取ってもらえることもある。ただ、学生たちが昔と変わらず内定取りに躍起になり、心の安定剤として内定を複数獲得に走る光景はいささか残念な気持ちになる。
時系列を巻き戻せば、親は「いい会社」、いや「いい生活」をさせたいから、子どもに勉強させる。自分だってそうやっていた。成績は上じゃなかったが、どうしたらこの先自分が食っていけるのか、社会人へのスタートが近くなればなるほど考えた。むしろ、大学では企業研究よりも自分の社会でのスタンスの置き方をどうすべきか、サラリーマンなのかフリーランスなのか、公務員なのかみたいなことを考えていた。
学生が新社会人になって面食らうのはどの会社でもけっこうみんな同じようなことをやらされ、継続と忍耐が求められるということ。その準備期間があってはじめて「仕事らしい」仕事を任される。安定と挑戦が同時にされる環境はめったにないといっていいと思う。社風こそ違えど、こんだけ似たような労働問題があちらこちらから湧き出てくる時点で根っこはみんな似ていることをものがたっている。
中途採用が当たり前になり、野球でいえばいつでもみんなFAで好条件の環境に集まってくる。そこでしのぎを削るか、球団一筋でみんなに愛されながら仕事をするか。たった数パーセントの大企業にしか幸せがないと思ったら、人生損をする。
2016年5月23日月曜日
客観的な肉体的衰え
昨日、浅田真央の特集をやっていて、彼女は25歳にして、「疲れが抜けない」と発言していた。
じゃあ、私はどうなのか。
20代前半の頃と比べると、何が一番変わったかというと、「質」の問題だと思う。
食事もやっぱりビックマックはあんまり食べたいと思わないし、朝から牛丼も無理。
体力は持続性が求められるものはこたえる。
睡眠はやっぱり、深い眠りは実感できない。
体重や内臓などはさして何も変化はないが、確実に衰えを実感させてくれる浅田真央のインタビューだった。
でも気持ちは20歳!
きもっ!(笑)
じゃあ、私はどうなのか。
20代前半の頃と比べると、何が一番変わったかというと、「質」の問題だと思う。
食事もやっぱりビックマックはあんまり食べたいと思わないし、朝から牛丼も無理。
体力は持続性が求められるものはこたえる。
睡眠はやっぱり、深い眠りは実感できない。
体重や内臓などはさして何も変化はないが、確実に衰えを実感させてくれる浅田真央のインタビューだった。
でも気持ちは20歳!
きもっ!(笑)
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