江戸情緒を堪能!浮世絵にも描かれた旧東海道「戸塚宿」 | 神奈川県 | LINEトラベルjp 旅行ガイド
旧東海道「戸塚宿」は江戸時代、起点の日本橋から数えて5番目の宿場でした。朝に江戸を発った旅人にとって、一泊目の宿泊地に丁度よい距離だったことから大変賑わいました。当時の宿場範囲は市街地を中心に南北約12kmに及びます。歌川広重の浮世絵『東海道五十三次』にも描かれた風景は今も面影を残し、随所に風情を感じられます。江戸から現代への変遷を感じながら、歴史散策を楽しめるスポットをご紹介します。 ...
2019年2月13日水曜日
浮世絵にも描かれた旧東海道「戸塚宿」
10年続けたので、せっかくだからリフォームします。
こんにちは。
Googleプラスも終了となり、このブログも2008年から10年経ちました。
リーマンショックだったのか…スタートした時は。
最近は挨拶程度の内容で、自分でもまったく消化不良だったので記事の精査も含め整理したいと思います。
アクセスの高い記事は残しながら、ちょこちょこ暇を見つけてはブログ内を綺麗にします。
特に「終了」のお知らせはしませんが、期間中はおかしいところもあると思います。気にせずにお読み頂ければと思います。
よろしくお願いいたします。
ISAO
Googleプラスも終了となり、このブログも2008年から10年経ちました。
リーマンショックだったのか…スタートした時は。
最近は挨拶程度の内容で、自分でもまったく消化不良だったので記事の精査も含め整理したいと思います。
アクセスの高い記事は残しながら、ちょこちょこ暇を見つけてはブログ内を綺麗にします。
特に「終了」のお知らせはしませんが、期間中はおかしいところもあると思います。気にせずにお読み頂ければと思います。
よろしくお願いいたします。
ISAO
2019年2月1日金曜日
草木も人も春への助走
暦の上では、「大寒」を過ぎると「立春」です。2月はもう春の知らせが届き始める頃なのです。
2月は学生の皆さんは受験シーズン。僕は今でも小学6年生の時が人生で一番勉強したと思っています。大学受験は科目も絞られますし、自分の意志で「受けるんだ!」と気合が入っていたので、あっという間に終わってしまいました。
土の中でも色々な植物が新芽を開かせる準備をしています。人も同じで春に芽を出すにはじっくり、我慢強く厳しい時期を耐えることも必要なのです。
新社会人になる方は周りの動向が気になってしょうがないでしょう。でも、周りの空気に流されてはダメです。何が縁で自分を成長させてくれる企業と出会えるか分かりません!
「自分は○○がしたい!」というスタート時点の気持ちを紙に書き留めて、希望の春を迎えて下さい。
2月は学生の皆さんは受験シーズン。僕は今でも小学6年生の時が人生で一番勉強したと思っています。大学受験は科目も絞られますし、自分の意志で「受けるんだ!」と気合が入っていたので、あっという間に終わってしまいました。
土の中でも色々な植物が新芽を開かせる準備をしています。人も同じで春に芽を出すにはじっくり、我慢強く厳しい時期を耐えることも必要なのです。
新社会人になる方は周りの動向が気になってしょうがないでしょう。でも、周りの空気に流されてはダメです。何が縁で自分を成長させてくれる企業と出会えるか分かりません!
「自分は○○がしたい!」というスタート時点の気持ちを紙に書き留めて、希望の春を迎えて下さい。
2019年1月1日火曜日
2018年12月1日土曜日
メールと「平成」私的回顧
平成の時代を振り返る企画や記事が多いなか、私的生活に大きな影響を与えたものは何だったのかと問えば、「メール」しかない。
いや、仕事の質も変え、社会の生活そのものを変えた。
そもそも、私にとって「メール」は20歳前後に身近なものになった。子どもの頃は家の電話しか郵便などを除いては連絡手段がなく、友達の家に電話するのに緊張したものだ。
自分の素性が相手の家に知られていなければ取り合ってもらえず、今の時代ではピンとこない人も多いだろう。ポケベル→PHS→ケータイ→スマホと通信デバイスが目まぐるしく変わり、これが子どもの時期に起こっていたとしたら人生が変わっていたのかもしれないとさえ思う。
メールは時間的拘束をなくし、24時間いつでも連絡可能になった。しかし、生活面でも仕事面でも老若男女問わずメールに拘束されることになる。
仕事だけに着目すれば、現在のメール処理にかかる割合がどれほどなのか考えてみると、かなり割いているはずだ。この「メール対応」という処理はかなり億劫なもので、的確かつ短文でなければ仕事にならない。会話では「あれ」「それ」が通じても、メールでは「空気」は伝わらない。
今やメールではなくスマホのアプリで通信をしている人が多い。しかし、私は通信アプリをまったく入れていない。タイムラインで延々と続くやり取りが面倒くさいのだ。だから、あまり知り合いから連絡が来ない(笑)。でも、おかげで用があれば渋々電話をかけてくる。結局はそんな程度で十分コミュニケーションは保たれると思っている。
文字を打つことさえ完全に必要なくなるのも、近いだろう。技術の進歩に食らいつくか、どこかで自分の生活で折り合いをつけるか、平成の時代は少し忙しなく駆け抜けていこうとしている。
いや、仕事の質も変え、社会の生活そのものを変えた。
そもそも、私にとって「メール」は20歳前後に身近なものになった。子どもの頃は家の電話しか郵便などを除いては連絡手段がなく、友達の家に電話するのに緊張したものだ。
自分の素性が相手の家に知られていなければ取り合ってもらえず、今の時代ではピンとこない人も多いだろう。ポケベル→PHS→ケータイ→スマホと通信デバイスが目まぐるしく変わり、これが子どもの時期に起こっていたとしたら人生が変わっていたのかもしれないとさえ思う。
メールは時間的拘束をなくし、24時間いつでも連絡可能になった。しかし、生活面でも仕事面でも老若男女問わずメールに拘束されることになる。
仕事だけに着目すれば、現在のメール処理にかかる割合がどれほどなのか考えてみると、かなり割いているはずだ。この「メール対応」という処理はかなり億劫なもので、的確かつ短文でなければ仕事にならない。会話では「あれ」「それ」が通じても、メールでは「空気」は伝わらない。
今やメールではなくスマホのアプリで通信をしている人が多い。しかし、私は通信アプリをまったく入れていない。タイムラインで延々と続くやり取りが面倒くさいのだ。だから、あまり知り合いから連絡が来ない(笑)。でも、おかげで用があれば渋々電話をかけてくる。結局はそんな程度で十分コミュニケーションは保たれると思っている。
文字を打つことさえ完全に必要なくなるのも、近いだろう。技術の進歩に食らいつくか、どこかで自分の生活で折り合いをつけるか、平成の時代は少し忙しなく駆け抜けていこうとしている。
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