2021年11月2日火曜日

成長は歳を重ねてなお。

 「人として成長したい」

この言葉は若いひとだけの言葉ではない。

70歳でも80歳でも生き続ける限り、持ち続けていいものだと思う。

成長=まだ未熟な部分がある

完璧を求めるのではなく、自分のしらない世界、少しでも豊かでありたいと想う向上心。

口だけだろ。と思った人はそこで諦めてもらってもいい。でも、少しでも「あ、なんか悔しいな」と感じた人は歩みを止めてはいけない。

世にはありとあらゆる名言・金言がある。それが今も語り継がれているということは、そこに人生の大切なことが詰まっているからだ。

自分自身、何度か達成感を感じたが、それはその時点での達成感。また伸びしろを増やさなければ成長はない。

2021年10月4日月曜日

多様性という義務感

 SDGsをしっかり理解しようと思って一般的な知識をまず知ろうと頑張っている。

「持続可能な社会」が今後、世界(地球)にとって重要なのはよくわかる。マイノリティの人達も徐々に声をあげやすくなり、これまで知らなかった世界が我々の価値観を広げた。

さて、この多様性を受け入れる前に困惑している人たちがいる。中高年の方々だ。別に肩を持つつもりはないが、若かりし頃はタバコも気兼ねなく吸え、ざっくばらんに社会にもの申した。

「〇〇ハラ」も最初はセクハラぐらい知っておけばよかったが、今はいくつあるのか正確には把握できない。相手が嫌、個人の尊厳を傷つけるものはとりあえずハラスメントなわけだ。

だが、僕にはどうもこの多様性なる言葉だけが先行し、ギクシャクな人間関係を生み出しているような気がする。相手への距離感が分からず、びくびくするような感覚。

「まあ酒でも一杯!」と肩を叩けば、セクハラ・パワハラじゃ少々おじさんたちは可哀そうな気がする。

人間関係だけでなく、「デジタル格差」もスマホについていけない高齢者には優しくないんじゃないのか?ちょっと前まで電話でも用足りたことが、いきなりスマホオンリーはスピード感ありすぎるだろう。

ひとりひとりが困っている人を助けるのが多様性ならば少しの価値観や慣習の違いも寛容になってあげて欲しい。

2021年9月4日土曜日

お茶とミルク

 カフェと聞けば、日本じゃだいたいコーヒーをミルクで割ったもの。私は大大好き、よく飲む。

ところが、10年前京都の宇治に行ったとき「抹茶カフェ」に出会ってから〇〇+ミルクでおいしいものはないかと色々と割ってみた。

きな粉、野菜、果物…カフェと言っていいのかわからんけれど、結構ミルクは万能であることに気づいた。

最近、なかなか外出するのも難しいので、こまめに栄養補給が大事。

牛乳飲みまくっているせいか体脂肪率、上昇中。



2021年8月4日水曜日

マイレージを貯めたけど。

 この4年間ぐらいで国内外で結構、飛行機乗ったんですが、今になってマイレージをどうしようかと悩んでます。

失効させるのももったいないし、海外なんて当分むりだろうし…。

で、マイレージでカレーを購入することにしました。写真のっけると会社の宣伝になるので出しませんが、今夜食べようと思います。

話は全く変わるんですが、最近SNSを観てると文章+写真の投稿しないとスルーされるパターンが多いと感じる。

このブログなんて文章ばかりだし、根気よく読んでくださる方々には本当に感謝です。大量の情報を瞬時に選別するには画像があったほうがいいんだろうね。

でも、文章はなくならない訳で感覚的、直感的事象をうまくことばで表現できるようにがんばりたいと思います。

暑くてなんかよく分からん内容になってしまった…。お盆、合掌。


2021年7月4日日曜日

TOKYO Olympic 2020+1

いよいよ、オリンピックの開催が近づいてきた。国内はコロナ感染が長引く中、世論調査では50%以上の賛成を得られていない。中止か延期か。

そんな議論はもう既成事実の積み重ねでやるんだよ。日本は。だからといってオリンピックにケチをつけるつもりはない。実際、僕は1964年の東京大会の展示や資料を今年見て回った。感動した。

あの感動がコロナがなければ去年、間違いなく目に焼き付けることができただろう。

海外からこのブログを読んでくださっている方は日本国内の空気感はよく分からないだろう。そもそも、海外メディアの取り上げ方をみても、「オリンピック」は世界的イベントであることに間違いないがあくまでも「game」のひとつなのである。(一般市民にとって)

今回のような状況下で意見が分かれる場合、必ず反対意見に対して誹謗中傷するひとがいる。何が間違っていて、何が正しいのか?その定義がそれぞれ違う以上、価値観が合わない者同士では答えは出るはずがない。

裁判のように誰かが強制的にジャッジをしてくれるならばいいが、そうでない以上、個人は節度を持ってどのように事態が推移していくのかを注視する必要がある。