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2011年10月31日月曜日

人は変われる。

先週、夏から始めた「就労講座」が終わり、それぞれの結果がでました。



最初の一期生ということで参加者は4名でしたが、そのうち2名が内定をもらう事ができました。始め「仕事」をするということさえ関心や興味がなかったメンバーが、4か月という期間で就職することができたというのは本当に彼らの頑張りだと思います。



僕は担当していて、彼らに履歴書や模擬面接など一通りのことを教えてきました。でも、スタートラインでは自分の殻にこもり、「もう自分は就職はできない」「社会とは関係ない」という状態でなかなかこちらの話に耳を傾けてくれませんでした。



でも、自分の中の不安や恐怖、自信のなさを次第に克服し、自立への切符を掴みました。



そのなかで、僕が彼らに話している事がだんだん自分に言っているような気がし始め、「安定」だとか「有利」だからという理由でいろんなことから目を背けていないか?って感じるようになりました。



自分の気付かないうちに年齢やスキルを言い訳にして新しい世界へ飛びこむ勇気を捨てていないか?と自問自答するようになりました。



そのうち、僕が好きな言葉である「思い悩んだら、まず行動しろ」というフレーズが何度も頭のなかを通りすぎるようになりました。



考えても時間だけが過ぎていく。



行動すれば何かが動く。





就労支援を通じて、「まだ、楽するのは早いぞ、もっと苦労しろ」とハッパをかけられたような気持ちがしました。



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2011年8月15日月曜日

自分のなかで変わった事。

僕は小さい頃から神経質だった。



特に人間関係において、いつも人の目を気にするところがあった。



それと、なにかをやりだすと完璧主義的なところもあって妥協するのが嫌いだった。



中学、高校は結構それが嫌で、班分けとかグループ活動みたいのが苦手だった。



表情や態度には出さなかったけど。





だから、大学に進学したときすごい解放感があった。自分のやりたいことに没頭できる!って。自分と同じような考えを持つ人達と時間を過ごしているから、人付き合いも結構積極的だった。



でも、「三つ子の魂百まで」で、自分を追い込む性格は変わらなかった。





社会人になって、4年間無縁だったヒト・時間・ストレスが一気に襲いかかってきて、僕はドロップアウトした。



それから7年。今はだいぶ自分で色々な事をセーブしたり、コントロールできるようになった。



大きく変わったのは人付き合い。



今まではなんかミスしたり、余計な事言って相手はどう思っているかな…とか考えることが多かった。でも、「自分ではどうしようもできないことがある」と理解できたとき、相手の心や自分の言動がどう思われているかなんて考えても分からないことに気付いた。そこに捉われ悩んでもしょうがないと踏ん切りがついたとき、心が楽になった。



もうひとつは「自分で性格や物の考え方は変えられる」ということ。



完璧主義の傾向が強かった僕も、どこを境目に「やめられなく」なっていくのかを客観視してみた。それは意外と自己満足の部分が多くて、他人から頼まれた仕事や要件に果たしてそこまで徹底的にやる必要があるのか?と思うようになった。手を抜くことは良くないが、シンプルかつ、しっかりしたものを相手に示せばそれで充分だと考えている。



自分対他者。



自分対己。



悩みは極論この2パターンしかない。



そこをいかにシンプルに受け取め、考えられるかによって、だいぶ生き方が違ってくると思う。



2010年6月20日日曜日

『こたえられた祈り』(南北戦争時の一兵士による)

私は神に 強さを求めた



何事かを成し遂げるために



すると私は弱くされた



従うことを謙虚に学ぶようにと





私は神に 健康を求めた



もっと偉大な仕事をするために



すると私には病を与えられた



恵み深い仕事をするようにと





私は神に 富を求めた



幸福になるために



すると私は貧しくされた



知恵ある者となるようにと





私は神に 力を求めた



人々の称賛を得ようと



すると私には弱さが与えられた



自分には神が必要であることを自覚するために





私は神にあらゆるものを求めた



人生を楽しむために



するとわたしにはいのちが与えられた



あらゆるものを楽しむように





求めていたものは何ひとつ手に入らなかったが



望んでいたものはすべて与えられた





的外れの私の祈りにもかかわらず



神はことばにならない私の



ほんとうの願いをかなえてくださった





私はだれよりも 豊かに祝福を受けている



2010年5月25日火曜日

久々に代々木に集う。

先週の土曜日、以前参加していた会食恐怖のオフ会があるということで、急遽混ぜてもらいました。



みなさんそれぞれ、辛い思いをされていてその気持ちは痛いほどよく分かりました。



僕は当事者だった立場として何を伝えられるか考えていたんですが、あまり精神論みたいなことを話しても意味がないと思い、具体的な経緯をお話ししました。



この症状に限らず、僕は「後鼻漏」というこれまた厄介な鼻炎の症状を抱えています。これもたぶん、ある程度の時間をかけないと治らないんじゃないかな~と考えています。でも、これまでいくつかの経験をクリアしてきただけに「なんとかなる」という気持ちは持っています。むしろ、「絶対治る」と思っています(笑)



だから、鼻水だらだらの状態でも仕事場に行き、仲間に症状を説明して普通の生活をしています。何も言わずにいるにも見た目が悪いので、最低限のエチケットです。しかし、今思うのは、そういった症状を引き起こす原因が自分の内面的なもの以外として外の環境、具体的に言えば、長時間のパソコン作業、通勤ラッシュにもまれながらの生活、食事など…



それらを排除してもし改善するのならば、無理にその環境に身を置く必要はないと思うのです。以前にも書いたように「東京」という場所は刺激に満ち溢れ、色々なものを僕に与えてくれました。交通も便利だし、おいしいお店もたくさんある。しかし、最近そこにいる自分がなんだかいきいきしていないような気がしてなりません。



満たされすぎて感覚がマヒしてしまったのか、己の中に違った価値観が生まれたのか。



これは少しじっくり時間をかけて考える必要があると思っています。



2009年3月14日土曜日

クスリとカウンセリング

こころの病気になったとき、治療方法として考えられるのはこの二つです。



僕はそろそろこの長い長いマラソン治療のゴールを迎えようとしています。



振り返ると、最初のころは薬を3種類ぐらい処方されてました。ちょうど、社会がうつ病などに関心を持つようになり、こころの病にどう向き合うかというのが話題になっていたように思います。



先に結論から言いますと、治療において薬は1種類が望ましいということです。たくさんの種類を飲めばそれだけ副作用も増えますし、包帯のうえに包帯をまた巻くようなものだと私は思います。もちろん、すべての症状において1種類がいいとは思いません。



ただ、クスリが減ると明らかに体が楽になります。軽いというか、頭の中が聡明になるというか。うつ病などで長期間休養を余儀なくされている人たちは、結構この薬のちゃんぽん処方によって、症状が長引いているのではないでしょうか。



また、僕は1年間カウンセリングを受けました。現在の日本のカウンセリングは「傾聴」を基本としたスタイルをとっているので、アドバイスをくれたり、ここは良くないといったようなことは言いません。個人的に効果がないとは言いませんが、カウンセリングをやっていくなかで、自分がしゃべっていることにハッとさせられ、そこから快復の糸口を見つけたというのが、正直なところです。



とにかく、調子が悪くなったらひたすら自分が「何かをしよう」という気がおこるまで、ゆっくり休むことです。必ず、何かしたくなってきます。コンビニ行こうかな~とか、本屋さんいこうかな~とか。はじめはそんなところから自分のできる範囲で行動の場を広げていくと、いつのまにか、すこしづつ良くなっていくものなのです。



あと、昔の自分を取り戻そうとか思わないでください。昔の自分だったから病気になってしまったわけで。良いところは残しつつ、新たな自分を育ててください。人は常に変わっていける生き物ですから。



2008年7月6日日曜日

会食恐怖症オフ会~in代々木公園~

え~、今日はミクシィのコミュ「会食恐怖症」のオフ会が代々木公園で行われました。



久々に参加した訳ですが、中には静岡県からやってきた方もいて、驚いてしまいました。



はなしのメインはどういう環境下で症状が起こるか?ということに時間を割いたと思うんですが、聞いていて感じたのことは、やっぱり皆さん、「食べる」という意識があまりにも日常生活の大部分を占めているんだなあということです。



極端な話、他人と食事をする場合、朝起きてからずーっとその不安に駆られるわけです。



事実、僕もそうでした。いまでもたまに不安に駆られます。



ただ、今日みなさんに伝えたかったことは、症状から逃げていてはいつまでたっても完治はしないんだよ、ということです。僕は今のようにだいぶ他人と不安を抱くことなく食べられるようになるまで、5年かかりました。何度も何度も、自分の不安と恐怖を抱えながら、外食にチャレンジし続けました。そして、ある時突然、違和感なく完食できたのです。



一回、完食できたという成功体験が脳に刷り込まれると、これは大きな自信になります。



たとえ、その後食べられないことがあったとしても、「自分は食べられるんだ」と呪文のように念じることでその不安はだんだんと消えていきます。



完治するまでには個人差があると思いますが、この症状は必ず治ります!いや、治ってもらわなきゃ困る!



それぐらいの強い意志をもってこの症状と向き合っていってください。僕もまだ道半ばです。皆さんと一緒にゴール目指して頑張ります!



2008年5月30日金曜日

強迫神経症について⑥

「大丈夫!」



強迫神経症の症状がでて、反復行為が止まらなくなったとき、自分に言い聞かせる言葉だ。



何度も手を洗う。何回も口をゆすぐ。自分のしゃべった発音が気になる…。



消えては現れ、消えては現れの繰り返しでどうにか納まらないかと、色々、試行錯誤を重ねている。



一番のポイントは本人が異常行為であることを認識していること。だから、「止めたい」という思考は脳みそのなかにはある。



最近、クスリの減量もあってか、また脳みそバランスがおかしくなっている。対人と食事をするとき、変に緊張したり、先述のような行動が顕著になったり。



で、今日仕事が終わって帰宅すると、いつものようにうがい手洗いをした。前回の勤務後同じことをやったら、口をゆすぐ行為が止まらなくなった。何度やっても納得できないので、しまいにはコップを鏡に投げつけた。それぐらいイライラするし、脳みそが疲れる。



今日はコップ一杯の水でうがい、ゆすぎが終わったら「絶対」に二杯目は行ってはいけないと何度も念じた。結果、コップ一杯+一回で納まった。自分としてはよくセーブできたと思う。そもそもコップ一杯もの水で、うがい、ゆすぎをすれば、充分、口内はきれいになっているのだ。その他にも手洗いがすんなりできたりして、前回のような異常行動は起こらなかった。



いきなり、強迫観念をストップさせることは不可能だ。はじめは自分でルールを作り、そのルールどおりにできるまで根気よく続ける。そうすると、だんだん気になっていた行為が「意識」をしないでできるようになる。



以前にブログに書いた髪の毛をずっと拭く行為もこれで治まったし、いくつもの強迫観念がこの方法で解消している。やっかいなのは、ひとつ解決すると、違う対象が現れる。これがなくなれば、完全に復活したと言えるだろう。



うつ病のおまけで現れたこの症状。当のうつ病は治ったのに、こいつがいつの間にか主役に躍り出ている。



もう一度言おう。「俺は大丈夫だ!」



2008年5月24日土曜日

強迫神経症と向き合う⑤

今朝、体調は久々に絶好調!といっても過言ではないほど、調子が良かった。朝ごはんもどんどんいけるし、頭もスッキリ気分爽快だった。



トイレを済ませ、口をゆすいで、仕事にでかけようとしたとき、なんとなくカラダが嫌な感覚を感じ取った。



気持ち悪いわけではない。だが、なんだかスッキリしないこの感覚。さっきまでの体調の良さはどこへ行ってしまったんだ、というくらい脳みそが黄色信号を点滅させていた。



移動中から段々気分が悪くなってきた。どこが?と言われると答えに困るのだがとにかく気分が悪い。



午前中、ユーザーと散歩に出かけている最中も頭の中はもやもやしっぱなしだった。



そして、昼食。気分が悪かったので絶対に吐かない鉄板メニューの、カップラーメンとおにぎりを食べることにした。



が、吐いた。さすがにユーザーの前では吐かなかったが、流し台に一目散に駆けていった。



その後も調子はますます悪くなり、水分を採っても吐きそうなくらい気持ち悪くなった。



ただ、ここで一点、不思議に思ったのは、昼食の時も水を飲むときもカラダは明らかに拒絶反応を示しているにも関わらず、脳みそはGOサインを出し続けていた。つまり、「食べれる」と認識していたのだ。結果、嘔吐してしまうわけだが、なぜ、「食べれる」と判断したのかが分らない。



仕事が終わり、帰宅すると思いっきり吐いた。そして、もうこれで治まったと思った。だが…



夕飯は家族で久々に寿司を食いに行った。もちろん、何の違和感もなくお腹一杯食べれた。



家に帰り、パソコンをいじっていると、急に朝のあの不快感が脳みそを駆け巡った。一気に気分は急降下。



また、「吐く」という衝動に駆られるようになった。例えて言うなら、二日酔いで、アルコールがまだ胃の中に残っている不快感。そんな感覚が再び僕を襲った。



結局風呂から上がった後、異常なほど口をゆすぎ、胃の中をすべて空にした。こうでもしないとずっとあの不快感が続くような気がしたから…。



ここで、整理してみると、今回のこの症状原因は朝のクスリを飲むときにあったと考えられる。



それは、通常コップ一杯でクスリを飲むところを、なぜか一回では気が済まず二回飲んだこと。その結果、水でかなり胃が張ってしまった。それに輪をかけるように数度の口のゆすぎ。胃の中では朝食と水とが飽和状態で混在している状態になってしまった。



ここからが、僕の強迫神経症特有の症状だと思うのだが、僕の場合、口をゆすいで水を吐き出す、唾を吐くなど「吐く」行動を数回繰り返すと、脳みそと胃が誤った認識をして、嘔吐の状態になってしまう(ことが多い)。



今朝もクスリを飲んだ後の「口のゆすぎ」が一日を通してずっと不快な状態になった一番の原因だと言える。



さらに言えば、口をゆすぐ回数の異常さが嘔吐の原因に繋がっている。



だったら、回数を減らせばいいじゃない。



そう、みなさん思われるかもしれないが、それが止められないのがこの強迫神経症のやっかいなところ。ひどい時期に比べればだいぶ楽になったが、それでも依然として異常な反復行動は完全には治まってくれない。



ココロとカラダのバランスがちぐはぐな今、無理に何かを変えようとすると余計バラバラになってしまう気がするので、症状は症状として認識しながらも、自然体でいることが望ましいと思う。



2008年5月16日金曜日

強迫観念を断ち切れ!

今、一番気になってること、辛いこと。やっぱり強迫観念ってことになるんですけど、それについては以前にも書きました。



今日、仕事から帰ってきて、うがいをして口をゆすいでいると、突然嘔吐しました。夕食を食べた後、なんか胃がむかむかして、スッキリしたいと思い、風呂場で入浴中意識的に吐きました。気分はすっきりしましたが、あるひとつのことが頭の中に思い浮かびました。「あ、これ自傷行為だ…」普通、リストカットなどを自傷行為と言いますが、今日の僕の行動はいくら胃が不快だからといって、自分から意図的に吐いたわけです。当然、僕の胃は荒れるだろうし、体力も消耗するだろうし、こういうことは自傷行為と同じなんじゃないかと思いました。人間のカラダは自然治癒力で治るものです。あまり、故意に自分のカラダを痛めつけるのは自分自身がかわいそうだと思います。



風呂場でそんなことを考えているうちに強迫観念に対して敵意?というか、なにくそという感情が湧きあがってきました。必要以上に水を飲んだり、何回も手を洗ったり…。



え~い、やめだ、やめだ!こんな自分とは付き合ってらんねーと思ったのです。そうしたら、夜寝る前の歯磨き、クスリの服用、スムーズにいきました。人間、キレると良い方向に向かう場合もあるんですね(笑)



胃のほうは暖かいミルクを飲んだあと太田胃散で修復しときました。



今日の出来事が一過性のものなのかどうかはわかりませんが、こういうこともあるんだなと良い経験になりました。



おやすみなさい。





2008年4月12日土曜日

掴みかけてきた感触。いらだつパソコン。

昨日の悪夢(駐車違反)については、さっそく銀行行ってお金下ろしてきました。あ~15000円。



って、銀行窓口しまっとるやないか!



まあ、それはいいとして、今日は初めてのユーザーさん(障害者の方)の家に伺いました。



そう、初対面と言えば食事!今日は大丈夫かな~と内心ドキドキしておりましたが、ユーザーさんは気さくな方で、無事昼食を完食、しかも「おいしく」頂けました![E:scissors]



午前中から仕事をするようになって、当然昼食を食べるようになった訳だが、徐々にだが、緊張感が薄らいでいる。というよりも、緊張していても、食事が喉を通るようになってきた。頭(脳みそ)じゃなくて、身体が無意識に反応している感じだ。事実、これまで昼食で嘔吐したことはないし、食べ残したこともない。自分でもなんとなく昔の正常だった頃の感覚が戻ってきているような気がする。しかし、ここで油断して生活リズムを崩してしまうと、また逆戻りしかねない。あくまでも今のペースを保ち、持続する事が肝心だ。



話はうって変わってオイラのパソコン。段々、イカレ始めている。容量不足は勿論のこと、立ち上がりが異常に遅く、変なメッセージがしょっちゅう出てくる。もうそろそろ潮時か。2003年に買った、オイラのパソコン。5年も使えば頑張ったほうか。しかし、我が家のパソコン環境がこの一台に一極集中しているため、買い替えは面倒くさい。LANやらプリンタやらウイルスソフトをぜ~んぶやり直さないといけない。ここはこのまま放置して、セカンドパソコンを持つか。



今日はなんか調子いいので、よく眠れそうな気がします。それでは、また[E:paper]



2008年3月16日日曜日

強迫神経症と向き合う③

今日はミクシィの会食恐怖症の会のオフ会だったのですが、朝からなんとなく嫌な感覚が頭の中にあって、欠席させてもらいました。



さて、強迫観念ですが、相変わらず襲ってきます。ですが、前回も書いたように自分でルールを決めて、なんとか抑えこんでいます。今、一番やっかいなのは、「音」です。木曜日だったと思うのですが、たまたまCHAGE&ASKAの曲を聴きながら歩いていました。そのとき、ふと口ずさんだフレーズが原曲とずれ、それが異常に気になってしまいました。家に帰ってから何度も歌ってみては合わそうとするのですが、なかなか合いません。この症状、以前にもあったんですが、その時はハモるまで徹底的に歌いつづけ、なんとか症状が収まりました。今回はそれをやると同じ事になってしまうので、「大丈夫」と自分に言い聞かせながら、今日まで我慢しています。



たぶん、以前のようにひたすらやり続ければ、ハモる機会はあるでしょう。いや、必ず音程、タイミングは合うのです。それがまだ、自分の中で認識できていないので今、異常な不快感に悩まされているのだと思います。(以前、起こったときにこのようなことが今後ないように、ちゃんとチェックシートに書いてある!)ですので、ひたすら我慢するしかないというのが結論です。



4月まで、あと2週間と少しになりました。



明日から、介護の仕事がスタートします。研修も無事終え、資格も取得しました。ようやく、実践の場に足を踏み入れる訳ですが、今回の場合、これまで、いくつかの会社で仕事始めをするときの極度の緊張感はありません。精神的にほど良いハリを感じながら、やっていけそうです。ライターのほうも勿論頑張りますが。



今月は一日も遊んでいないので、ストレス発散にどこかで息抜きをしたいのですが、なかなか周りと予定があいません。みんな忙しいんですね。



一昨日買った、お薦めの本を紹介します。







3年で辞めた若者はどこへ行ったのか―アウトサイダーの時代 (ちくま新書 (708))Book3年で辞めた若者はどこへ行ったのか―アウトサイダーの時代 (ちくま新書 (708))

著者:城 繁幸
販売元:筑摩書房
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まだ、自分も全部読み終わってないのですが、仕事に対する価値観が変わると思います。



2008年3月13日木曜日

強迫神経症と向き合う②

昨夜、気付けば、髪の毛を一時間も拭いていました。



なんとか、強迫行動は収まりましたが、これはやりすぎだと感じ、徹底的に自分の行動に抑制をかける事にしました。例えば口を何回も濯いでいたら…回数を決める、自分でストップをかけるなどして、自分の意識で強迫行動をコントロールしたいと考えています。



普通、それができないのが強迫神経症なのですが、昔、僕は自分の体は歪んでいて、「おかしい」と思い込んでいました。頭をちょっとぶつけただけで、形が変形してしまうと本気で思っていましたし、左右対称でない自分のカラダが気になって気になってしょうがありませんでした。しかし、その旨を、当時の主治医に相談したところ、人間は完璧な形をした人などいない。もし、頭をぶつけて形が変わるようだったら、普通にしていられないよ、と笑われました。今回の一連の症状も、僕自身の体はどこも悪くないのです。自分の「意志」と反した行動をとるこの症状に、僕は自分の「意思」で克服しようと思っています。歪んだ思考を自分なりにまとめ、それに該当する行動はすべて抑制できるよう、今日、いや、今から取り組んでみたいと思います。結果はこのブログでも随時ご報告していきます。



これが上手くいったら、凄い自信に繋がると思います。



2008年3月7日金曜日

強迫神経症と向き合う

今日のブログで気分が優れないと書きましたが、気持ちが悪いとか、お腹が痛いといった症状ではないんです。一番最初のブログを読んでくださった方は分かると思いますが、僕は鬱病を患ってました。完治したのは去年の11月あたりで、鬱病との闘いには終止符を打つことができました。しかし、去年の今頃、「強迫神経症」という症状を併発しました。一言でいえば、自分の行動、言動を何度も確認しないと気がすまないのです。



きっかけは電話中、会話で言葉のろれつが回らなかったことです。たまたまその時、言えなかっただけで、あとでもう一度言い直した時にはちゃんと喋れたのですが、「ろれつがまわらなかったこと」がその後頭の中に刷り込まれ、自分の発した言葉を何回も確認するようになりました。その他にも口を何度も濯いでしまったり、体を何度も拭いたりと、ひどい時は一日中ひとつのことに囚われ、何も手につかない時もありました。幸い、早めにこの症状を主治医に相談したおかげで、早い段階で「強迫神経症」と診断され、クスリも処方してもらいました。今年に入って、症状も大分落ち着いてきたんですが、精神的に大きなストレスがかかると症状がぶり返してしまいます。今回の後輩の件はそういう意味でショックだったのでしょう。



この症状を治すには「認知療法」が適しています。いわゆる思考の歪みを修正するのです。僕の場合、特に主治医に言われた訳ではありませんが、気になる項目をメモし、チェックシートを作りました。作った当初は10項目ぐらいありましたが、今では2つぐらいに減りました。最近、主治医に言われたのは確認行動に入ろうとしているその瞬間の考えが間違っていることに気付きなさいと。これは大変参考になりました。この考えを自分の中で上手く取り入れることができれば、完治まではそう遠くないと思います。



ちなみに今日苦しんでいたのは、嘔吐でした。どうしても自分の納得する嘔吐でないため、食べては吐き、食べては吐きを繰り返していました。今、こうして客観的に書いていると何をやっているんだ自分?と思いますが、納得がいくまでは、そんなことに考えも及ばないのです。



もうひとつ、この症状を改善させる方法として、「早起き」があります。何を当たり前なこと言ってるんだと思われるかもしれませんが、今の僕はこの早起きができていないのです。医学的に説明すると、脳には「セロトニン」という物質が存在し、このセロトニンの欠如が鬱、強迫障害、不安障害に大きく影響を与えています。前回のブログでも生活習慣を変えたいという内容の事を書いたと思いますが、その理由はまさにここにあるのです!確かに早く起きれた一日は強迫観念はあまり襲ってきません。朝、たっぷりの太陽の光を浴びる事によって、セロトニンが活性化するのです。



今週の土曜日から自立支援の研修が始まります。朝、9時から始まるのですが、これをきっかけに規則正しいリズムを取り戻したいものです。







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2008年3月5日水曜日

創造空間スタート!

皆さん、はじめまして♪ISAOと申します。



今月からフリーライターの仕事に加え、自立支援活動に参加する事になりました。



真のバリアフリー社会を目指して、自分なりに貢献できたらいいなあと思っています。



僕は以前、鬱病を患っていたことがあり、4年間ほど闘病生活を送りました。



このブログでは、現代社会においてのメンタルヘルスの在り方も考えていきたいと思っています。



ちなみに自立支援活動を行ううえで、為になる本を紹介したいと思います。







こんな夜更けにバナナかよBookこんな夜更けにバナナかよ

著者:渡辺 一史
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介護する側と介護される側のやりとりをユーモラスも交えて紹介した、お薦めの一冊。本当の介護の実態が分かります。



なるべく、更新は頻繁に行いたいですが、お疲れモードの時はごめんなさい。