2011年8月15日月曜日

自分のなかで変わった事。

僕は小さい頃から神経質だった。



特に人間関係において、いつも人の目を気にするところがあった。



それと、なにかをやりだすと完璧主義的なところもあって妥協するのが嫌いだった。



中学、高校は結構それが嫌で、班分けとかグループ活動みたいのが苦手だった。



表情や態度には出さなかったけど。





だから、大学に進学したときすごい解放感があった。自分のやりたいことに没頭できる!って。自分と同じような考えを持つ人達と時間を過ごしているから、人付き合いも結構積極的だった。



でも、「三つ子の魂百まで」で、自分を追い込む性格は変わらなかった。





社会人になって、4年間無縁だったヒト・時間・ストレスが一気に襲いかかってきて、僕はドロップアウトした。



それから7年。今はだいぶ自分で色々な事をセーブしたり、コントロールできるようになった。



大きく変わったのは人付き合い。



今まではなんかミスしたり、余計な事言って相手はどう思っているかな…とか考えることが多かった。でも、「自分ではどうしようもできないことがある」と理解できたとき、相手の心や自分の言動がどう思われているかなんて考えても分からないことに気付いた。そこに捉われ悩んでもしょうがないと踏ん切りがついたとき、心が楽になった。



もうひとつは「自分で性格や物の考え方は変えられる」ということ。



完璧主義の傾向が強かった僕も、どこを境目に「やめられなく」なっていくのかを客観視してみた。それは意外と自己満足の部分が多くて、他人から頼まれた仕事や要件に果たしてそこまで徹底的にやる必要があるのか?と思うようになった。手を抜くことは良くないが、シンプルかつ、しっかりしたものを相手に示せばそれで充分だと考えている。



自分対他者。



自分対己。



悩みは極論この2パターンしかない。



そこをいかにシンプルに受け取め、考えられるかによって、だいぶ生き方が違ってくると思う。



2011年8月10日水曜日

当たり前に興味はない。同じものでは味がない。

美女が僕に微笑みかけたとしても、美しいのはあたりまえ。



心を閉ざした少女が一瞬見せた笑顔は何ものにも代えがたい輝き。



どうせやるなら、自分の気持ちを思いっきりぶつけろ。



中途半端が一番かっこわるい。



誰だって弱い自分がいる。



他人に知られたくないことだってたくさんある。



だから、その弱さをさらけだせる相手がいることはとても幸せなこと。



手をそっと握り締める優しさに触れて、少し涙腺が緩んだ。







2011年8月4日木曜日

マジになったらやっぱり強かったNHK。

デジタル放送に移行し、とりあえず一服した感のあるテレビ業界。



しかし、気づいたら何時の間にかNHKが独走態勢に突入しており、民放を尻目に圧倒的な力の差を見せつけている。



まず、要の報道。



早朝の「おはよう日本」からいきなりエース2人が登板。



女子アナの新エース、鈴木アナウンサーにオールラウンダーの阿部アナがしっかりサポート。大先輩大塚さん、みのもんたといい勝負を演じている。鳴り物入りで朝日にFAした羽鳥アナは、日テレのノリが合わないのかズッこけた。



そのまま、あさイチへ継投。



これまたエース格有働で、脇汗騒動もなんのその。安定感抜群でゲストをきっちりリード。



国会中継や天気予報で、なんだかんだでスタジオパークのお時間。ここでも惜しみなく、ニュース9から新婚さんの青山アナへ。どんだけ投手陣豊富やっちゅう話や。



続く「お元気ですか日本列島」ではNHKのダンディ畠山アナ。あの渋い声で、お茶の間のオバサンたちはイチコロ。民放で唯一ワイドショーで対抗する「ミヤネ屋」もエリカ様頼みで、いまいち関東ではウケていない。



首都圏では「首都圏ネットワーク」で次世代のホープ上条アナが登板。TBSではこれまたOB堀尾と長峰アナの漫才テイストで民放の意地を見せるが、どこかバブルの匂いが漂っていると感じるのは私だけか…。



NHKの継投はまだまだ続く。



華の「ニュース7」では小郷知子アナが大抜擢され、期待を上回るパフォーマンスを披露。7:26の恋人、半井さんの後を受けた寺川さんも柔らかい口調で引けを取らない。



そして、ストッパーは「ニュースウォッチ9」の井上あさひアナ。入局当時の写真と見比べたらびっくりするほど綺麗になられた。ちょっと低めのあの声が仕事で疲れた体に心地よい。



とにかくすべてエース級がでてくるもんだから、民放の雄フジでさえも彩パンが去った今、対抗できる局が見当たらない。



時代劇では「水戸黄門」がついに体力の限界。セットもキャストも満身創痍でついに引退を決意した。大河を筆頭に映画並みの作品を惜しみなく投入してくるNHKに、どこも太刀打ちできなくなってしまった。



バラエティーも民放はタレント飽和状態で時間枠を拡大。それでも牌は足りず、BIG3頼みの現状は変わらない。そんな中で、異次元の空間にぶっ飛んでしまったのがNHK。地上波では老若男女に支持される番組作りをモットーにしているが、BS1・プレミアムでは大胆な采配で度肝を抜く番組が次々と登場。



なかでも私のお気に入りはBS1で平日、23:00~放送している「エル・ムンド」!番組名の意味なんて全然分からなくても、一回観たらドツボにはまる。



キャスターはアンドレア・ポンピリオ。一回見たら絶対に忘れないその濃~い顔立ちは、夜の番組にしては暑苦しすぎる。でも、そんなのノープロブレム!さらに強烈な出演者達が毎日日替わりで登場。なかでもコラムニスト中村孝則は超イケている。そう、「イケてる」なんて死語みたいな言葉が全然違和感なく出てきてしまうくらい、存在感が濃厚。ファッションセンスは僕なんかがあれこれ突っ込むのが失礼な程ぶっ飛んでいるし、しょっちゅう世界のリゾート地や秘境を旅している。彼が頻繁に使う「ラグジュアリー」はMY流行語大賞。スペシャルとかエクセレントなんて陳腐なフレーズは使わない。行く先々でどんな食事がでてこようと、眉間にしわを寄せて「これ最高!」と言い切るそのプロ根性。



初めて「受信料払って良かった」と思わせてくれた。



真面目な話をすればドキュメンタリーや教養番組も質が高いし、明らかに昔のNHKとは制作側の意識が変わった。背広のカメラマンがスタジオにいたのは過去の話。本腰をいれた放送業界の巨人は、豊富な人材と制作費を武器に民放の牙城を次々と制圧し始めている。









2011年7月9日土曜日

精神疾患、5大疾病に。

一昨日のニュースだが、厚生労働省は6日、「4大疾病」と位置付けて重点的に対策に取り組んできた、がん・脳卒中・心臓病・糖尿病に、新たに精神疾患を加えて「5大疾病」とする方針を決めた。



うつ病や統合失調症などの精神疾患の患者は年々増え、従来の4大疾病をはるかに上回っているのが現状で、重点対策が不可欠と判断した。



08年の調査では、



糖尿病237万人



がん  152万人



に対し、精神疾患は323万人超える。また自殺者は近年、年間3万人を超えている。





さて、精神疾患が5大疾病に加えられたのはいいが、患者を取り巻く生活環境は厳しい。



一般的に何らかの症状で精神科・心療内科等にかかり、精神疾患と診断されると、まず大事なのは「休養」をとることである。この間、患者の生活費の保障は公的な傷病手当金、企業によっては期限付きで支給をしているところもある。



ここまでの期間で、症状が改善され職場復帰できれば問題ないが、多くのケースは無理をして職場に戻りオーバーワークになってしまうというのが現状だ。



そうなると、生活費は支給されないものの休職扱いとなる。この期間は貯金を切り崩すなどし、籍が会社にまだ残っているうちに戻れれば社会復帰の道はまだ残されている。



しかし、一定期間が過ぎると、会社側から、もしくは長期の休養で以前のような仕事にはつけないという患者の自己判断から「退職」を迫られることになる。



この時点で患者は自立した生活が困難になり、家族や夫婦など経済的に支えてくれる環境がない限り、生活資金が底をついた時点で生活保護の申請をすることになる。



ところが、実際に生活保護を受けている患者が多いかと言えばそうではない。パートやアルバイトでなんとか生活費を稼ぎ、社会復帰の道を必死に模索している。彼らの平均所得は月10万円前後。生活保護で約12万支給されているのに対してそれよりも少ない。



かといって、障がい者手帳をもらい障害年金を受け取れるかというと、そこまで重度ではなく、健常者と障がい者の中間で何の保証もないまま日々の生活を送っている。



今回の5大疾病に認定されたことで民間の保険会社が精神疾患の保険商品を出してくる事は考えにくい。



まず、第一に症状の具合が客観的に分からず、主治医と患者の間でその状態を決めている事。次に精神疾患を装い、不正受給する者が他の疾病よりも高い確率で出てくる。なかには医者が不正に診断書を作成し、治療費を横領するケースもでてきている。



国が認めても、精神疾患に至る原因は複雑で、何よりも今の日本社会において個人を取り巻く環境は職場でも家庭でも非常にストレスを抱えやすい。



負の連鎖で20~30代の貴重な労働力がどんどん社会からフェードアウトしてしまう今の状態は社会全体の構造を歪めてしまう危険性がある。労働生産能力が低下し、生活水準の質が低下しているなか、若者は家庭ももつ余裕さえもなくなってきている。



こういったスパイラルを何処かで断ち切らなければ、いつかそのツケは国に返ってくることになる。



彼らが安心して休養し、しっかり社会に戻れる仕組みを早急に考えなければならない。



2011年7月1日金曜日

NPOについて考える。

先日、NPOで仕事をしている人と話をしていて、思う事があったので書きます。



NPOといってもその種類は様々です。



地域貢献、芸術、教育、福祉、環境…まあ、たくさんあるわけです。



僕がひとりで始めたのが2008年。今の就労支援に関わって1年ちょっと。





僕は自分がやりたいことが=NPOだったわけではありません。



体調を崩し、自分ができることがNPOだったのです。



しんどかったとき、何をやればいいんだと考えたときに「まずは人の役に立つ仕事をしてみよう」というところから始まりました。





いま、NPO法人は40%が「冬眠」していると言われています。資金不足や人材不足が主な理由です。よって、新規に立ち上げず、法人を引き継ぐ形が増え、まずは40%を減らそうよっていう流れになってます。



最初は定年退職した方達や、地域のコミュニティ的な役割としてバンバン申請が行われました。しかし、「非営利団体」なわけですから、持ちつ持たれつみたいな感覚で団体を運営していたわけです。しかも、スタートが50、60代になってやるわけですから、次世代に引き継がない限り、短期的なスパンでしか活動はできません。





若い人に話を聞くと、「NPOは社会貢献できる!」「会社とは存在価値が違う」と言ってくれます。自分でもそう思ってやっているんですけど、海外のはなしを聞いているとなんか違うな~という感覚を覚えます。



日本の場合、社会の隙間産業の補完みたいな感覚がするんです。特に教育、福祉などは官が首が回らない状態だから民がそこに参入する。でもそれはやっぱりお金が絡んできて、みなさんが好んで使う「格差」が生じるわけです。そこのサポートにNPOが入っていく。セーフティネットの網目が少しでも破れないように懸命になってやっているのが現状です。



しかも、NPO=ボランティアみたいな考え方があって、対等な立場で話ができない事もある。(すべてがそうと言っているわけではありません)



NPOは確かに好きなことができる。



国が定めたカテゴリーの範囲内で。



結局その枠からはみ出してしまうとなると、社会福祉法人みたいな別枠を作らざるを得ない。そのほうがもっと融資も受けられるし。





こんだけ、社会が困窮しているなかで、一番動けるのはNPOなのに体力がないんです。



なんか始めようにも法律がコロコロ変わったり、支援が打ち切られたりして動けない。





自由なようで、不自由なのが現状。



だから振り回されないで済むように今頑張ってます。



ちょっと愚痴になってしまいました。



すいません。



でわでわ。