2012年3月22日木曜日

私的視的詩的

人にどう見られているか悩むよりも、人にどう見られたいのかが大事だと思う。

2012年3月15日木曜日

カレーの流儀

今日は休みなので、残り物でカツカレーを作った。

冷凍保存はしない

と、いうことは作り置き、または残ったカレーは最低2日ぐらいしか持たないことになる。だから、カレーの日は次の日、次の次の日ぐらいは連ちゃんで食べることが当たり前。

さらにルーをおいしくする

一日おくとルーは水分を失い、ぼてっとなる。ここでルーを緩くするために水などで割ってはダメだ。僕は麺つゆのもと、味の素、少量のミルクでルーの固さを調節する。

残り御飯も最高の状態にする

お冷の御飯はいくらもラップで包んでいても、そのままレンジでチンしても「ふっくら」した御飯にはもどらない。そこで、レンジに入れる前に霧吹きなどで万弁に水分を吹きかける。そして、レンジの中が水蒸気で曇って見えなくなってしまうぐらい温める。一度だして、水蒸気をとばしたあと、もう一度御飯を適温まで温めれば、炊きたて御飯に「復活」する。

御飯:ルーは6:4

カレーを御飯に全部かけてしまうのは流儀に反する。スプーンで掬ったとき、スプーンに6:4ぐらいで口に運べるのがベスト。御飯の甘みと、カレーのコクを同時に味わいながら食べるのが至福の食べ方。

らっきょ・福神漬けはノーサンキュー

何も足さない、何も引かない。これが真のカレー精神だ。

トッピングで気を抜くな

せっかくできたおいしいカレーも、カツなどトッピングがペケだと一気にトーンダウンしてしまう。
今日の場合、クッキングシートに包み、しっかり油を染み取らせ、サクッとしたカツを目指す。

トースターでアルミホイルに包んで温めるのもよい。

満腹になっても気を抜くな

必ず、眠くなる。ここで寝てしまっては夕飯はおろか、脂肪の蓄積を促しているだけだ。食ったあとは昼寝厳禁!買い物でもいくべし!

2012年3月8日木曜日

権利を主張するということ。

労働紛争といったら大袈裟だけれど、報酬の未払いを申請していて、それが認められた。

最初、相手は「払わなくても済む」という態度があからさまだった。

こっちは絶対取れると思ったから、主張するべきところはしっかり伝え返答を待った。

次第に相手が曖昧なことを言い始め、「逃げ」の姿勢が見てとれるようになり、これはやばいと思って監督機関に間に入ってもらった。

僕は社会人になってから、ずっと社会の「働き方」に疑問をもっている。

サービス残業、休日出勤、長時間労働・・・

日本人の美徳と言っていいのかわからないが、「働く」「忙しい」「寝ていない」といった言葉を耳にすると、すごい・偉い・充実していると思う人がいる。

なんでも行き過ぎると問題であって、そこを多くの人は我慢して毎日の日々を送っている。

「そんな綺麗事ばっかり言って、あまいんだよ」

と、多くの人は言うかもしれない。

でも、ちゃんと労働に関する法律があって、雇い主、労働者にはそれぞれ権利があるわけだから、そのルールを無視したら、ルールの意味がない。

ルールのない環境で仕事をしたら、そりゃ収拾がつかなくなる。

企業で9時5時にきっちり仕事が終わるなんてことはないかもしれないけど、0時過ぎまで残業なんていうのはあってはいけないこと。外国はバイトみたいにほんとに時計の針が5時ぴったりになったら帰ってしまう。「契約なんだから」といって。融通が利かないといえばきかないが、それぐらい自分の権利を主張する気持ちをもつことが、自分を守る事にも繋がる。

どうしても守るものがあると立場上弱くなる。無理難題を言われても、生活の為、家族の為と歯を食いしばって頑張る。でも、それが自分の業務範囲の範疇を超えていたら、やっぱり労働環境になんらかの問題があると思ったほうがいい。

権利を主張することは悪い事でもないし、非難されるものでもない。

とても勇気がいることだけれども、それが主張できる環境こそが正しい職場環境の姿だと思う。

2012年2月21日火曜日

富の分配ではなく、富の移行へ。

今日のお昼。お腹いっぱい。






で、こないだアップルの株価が過去最高値を更新した。
今やアメリカの将来を背負う大企業に成長したわけだが、これまでのGMやGEとは勝手が違うようだ。

Appleのアメリカ国内での雇用人数は約4万人と言われている。もっともこのご時世、世界各地にマーケットを展開しているので、すべて合わせれば70万人ぐらいだろうか。

ここで問題なのはAppleがこれだけ増収増益を続けても役員と従業員の報酬の額が余りにも開きすぎていることだ。もっというなら、昔のGM、GEはアメリカ国内で約40万人を雇用していた。

資本主義の原理として最も理想的なのは中間層の国民が多ければ多いほど、理想的な社会構造なわけで、現在の歪な社会格差は健全な資本主義の形とは言い難い。

それはアメリカだけに限らず、ヨーロッパや日本、中国でさえも同じような構造が出来上がってしまっている。

欧州の金融不安は元を正せば、中間層の間で金が廻らなくなったのが原因といっても良い。一部の富裕層は我関せずで、海外に移住したり、相変わらずのマネーゲームに興じ、社会保障の崩壊なんぞどこ吹く風で胡坐をかいている。

日本もバブル崩壊後、結局「失われた10年」があっというまに「20年目」に突入してしまった。
たんす貯金が1000兆円あるにも関わらず、国民が財布のひもを緩めないのは結局は団塊の世代より上の世代ががっちり確保しているから、いくら若い世代が消費しようが雀の涙なのである。

企業も行政も役付けの人々は桁がひとつ違う。

そんなにしこたま貯め込んでないで、もっと使ってください。
お子さんの将来も心配でしょうが、日本の将来も危ないんです。

企業収益の分配も明らかに額が違いすぎるが、経済規模が縮小しているなか、若い世代にもっとお金が廻るようにしなければ、それこそ「高額休眠口座」が大量発生してしまう。

2012年2月14日火曜日

路上のオルゴール弾き(訂正版)

「20min」というドキュメンタリーをNHKで放送している。

一昨日、たまたまチャンネルを合わせたら、番組が始まるところだった。
始めは観ないでそのまま寝ようとおもったが、冒頭のナレーションに惹きこまれた。

「彼は28年間、ずっと手回しオルゴールを路上で演奏し続けている」

30歳で音楽教師を辞めた彼は生き方に悩み、そのとき自分と一緒に泣いてくれているように感じたのがオルゴールの音色だったのだという。

音楽を純粋に愛するが故に、生徒に通信簿の成績をつけることが辛かった。
次第に心のバランスが乱れ、不安や体調不良が続くようになった。

その結果、教師という仕事に別れを告げ、以来ひたすら自分の心の拠り所であるオルゴールの音色を奏でる毎日。生活環境はお世辞にもいいとは言えない。それでも彼は

「1万円あったら何に使いますか?」

という質問に、

「おいしいものを食べるわけでもなく、たぶんオルゴールの楽譜を買うと思います」
と、いった。

彼にとって唯一、自分が自分でいられるのがオルゴールを弾いているときなのだろう。

「好き」を続けることこそ、最大の喜びであり、最大の苦しみでもある。

生活保護を申請すれば、オルゴールも手放さなくてはいけない。
そんなギリギリの環境の中で、彼は今日も道に立つ。

自分には真似ができない。
どうしたら、そんなにひとつのことに心血を注ぎこめるのか?
暖を取るよりも、食事を取るよりも、身体を労わることよりもオルガンを優先する。

寒い石巻の路上で目をまんまるにして、彼の演奏に聴き入っている少女の姿が印象的だった。

※オルゴールと書くべきところをオルガンと書いていました。申し訳ありません。