2011年12月18日日曜日

私は会食恐怖症をどのように克服したか?⑨

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【 私は会食恐怖症をどのように克服したか? 】Vol.009(最終号)

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「反復また反復」

会食恐怖は僕の経験上、強迫観念に近いのかなと思っています。
皆の前で何か話をするとき、緊張して足が震えるように。

これを克服するには場数を踏むこと、これ以外にないと考えます。
どんなに本を読んでも、おそらく解決しないでしょう。

朝早く起きて、セロトニンを活性化しろ!

こんなスローガンばかりを眺めていたところで、なんら快方には向かわない。

「自分は今人前で食事が取れない」

まずこのことを客観視し、やみくもに精神論や啓蒙本に振り回されないことです

あの人はあんなことをやって、症状を克服した。
それはあくまでその人のやり方であって、自分に合うかどうかは分からない。

鵜呑みにせず、一つの事例として受け入れ自分なりの克服方法を模索する。
しかも、それは短期間で見つかるものではない。
何度も何度も試行錯誤を繰り返しながら、少しずつ改善の糸口が見えてくる。

そして、この症状であることを恥ずかしいとか、自分はおかしいなんて考えない
事。
誰だって病気はするし、原因が分からない症状なんて山ほどある。

社会というのはマイノリティの人々に対してすぐに偏見をもつ。
でもそれは一つの警鐘であり、もしかしたら人間として当たり前の反応なのかも
しれない。

私は普通に食事ができるまで丸6年かかりました。
その間、自分のなかで思っていた事は「必ずなおるんだ」という根拠なき確信で
した。
それは始め、治る=完治という考えだったのかもしれません。
しかし、次第に「うまく付き合っていく」という考えにシフトしだしてから良い
方向に向かいました。

何度もなんで自分がという想いに駆られましたが、やっぱりどっかで「こんちく
しょう」という反骨心みたいなものがあったんです。

このような症状を克服するということは自分との闘いです。
弱い自分が幾度となく顔をだし、そのたびに流されそうになる。

でも、その闘いに勝ったとき、症状克服という最良の結果と共にいままでとは違
った自分がそこにいることでしょう。

少しでも早く症状が改善することを祈っております。


ISAO

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私は会食恐怖症をどのように克服したか?⑧

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【 私は会食恐怖症をどのように克服したか? 】Vol.008

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「食べる事と栄養」

人間は生きていくうえで何らかの形で栄養を摂らばなければ死んでしまいます。
でも、「会食恐怖」に苦しんでいた私は死ぬことはありませんでした。
なぜなら、栄養はしっかり摂っていたからです。

家でなら食べられる、一人なら食べられる。
このときに食べられるだけ食べておく。
とりあえず、最初はそうすることでしか、現状を維持できませんでした。

数年前、いとこの結婚式があり、朝から何も食事が喉を通りませんでした。
その頃はかなりひどい症状のときで、前日から結婚式のことを想像するだけで吐
き気がしました。
「残す」ということにとても恐怖をもっていたのを今でも覚えています。

私は満足に食事が取れなかったので、家族に式には出席したくないと告げました

しかし、父が猛烈に反対し、「式に出て死ぬわけじゃない、座っているだけでい
いから出ろ」
と、強制的に車に押し込まれ式場まで連れて行かされました(笑)

式場はまあまあ広く、対面式に座るテーブルの配置だったので、ひとりロビーの
端っこで青白い顔をしながら座っていました。
親戚が次々に到着し、挨拶を交わすのですが、「もうそんなことはどうでもいい
、早く帰りたい」
頭の中はこれしか考えられませんでした。

しかも、ネームプレートが各席に置かれ、自分の席は前のほう。
向う側に座るのは新婦の弟という、もう土俵際得俵からも足が出そうな状態でし
た。

僕は式が始まるまえにコンビニに行き、「ウィダーインゼリー」を買って胃袋に
流し込みました。
とりあえず、腹に栄養は入った!

そう、自分に言い聞かせ結婚式に臨んだのですが、結末はとんでもないことにな
りました。

まず、新婦の弟は僕が目上の人間ということで自分からは食事に手をつけない。(
韓国の嫁さんだったので、皆、年上を敬う)
しょうがないので、いきなり食前酒を飲むはめになりました。
すると、あいても一礼して同じようにお酒口に運びました。

おかしくなったのはこのへんからです。
胃がカラの状態でお酒を飲んでいたら、間違いなく気持ち悪くなり席をはずして
いたでしょう。
しかし、中途半端に胃にものが入っていた為、良い具合いに酔いがマワッテきま
した。

徐々に恐怖心と不安感が薄れていき、気づけば目の前に出された料理にも手をつ
け始めている。
これはこれでいいことなのですが、祝いの席だと言って酒が飲んでは足され、飲
んでは足され次第に、違う意味でどうでもよくなっていったのです。半泥酔状態
になり、見かねた父が別室に僕を連れていったのですが、はっきり言ってあまり
記憶がありません。

ただ、その頃あまり食事が取れていなかったので、その日のエネルギー摂取量は
かなり多かったのです。(アルコールを含め)
次の日、疲れはあまりなく、なんとなくカピカピ状態のじぶんが少しだけ潤って
いる感覚がありました。

やはり、栄養補助食品だけでは限界があるのだということを実感し、それからち
びちび「食材」を食べるよう努力しました。
栄養が不足すると、結果セロトニンが欠如し益々、精神的不安を助長することに
なります。

食べられないけど、食べる。

これもまた快復へのひとつの道と考えます。

ISAO

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私は会食恐怖症をどのように克服したか?⑦

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【 私は会食恐怖症をどのように克服したか? 】Vol.007

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「思考のゆがみ」

これを自分で認識できると、そのあと想像以上に快復が早くなると思います。
なぜなら、その時点で過去の自分とは違う新しい考え方を持った自分がいるから
です。

これはメンタルヘルス全般にいえることで、カウンセリングの主な目的はまさに
この「歪み」を気付かせることにあります。
会食に関して言えば、「食べられない」から「食べることができた」というプラ
スの出来事に考えの比重が移ります。
つまり10回中9回食べられず、「ああ、9回も食べられなかった」というマイナス
思考から「1回でも食べられた!」という発想に変わっていくわけです。

食事の量に対する固執が薄くなっていき、会食の場で食べられなくても「しょう
がない」という良い意味での考え方を持つようになります。私はこのあたりから
緊張感や恐怖感がなくなっていきました。その裏付けとして、家でしっかり食事
を撮り、一回食事を抜いたとしても影響が少ないようにしたり、こまめにビスケ
ットや呑むゼリーなどをたべることで空腹状態をつくらないようにしました。

また、大勢での食事の場ではとにかく自分が食事の流れの主導権を握るというこ
とです。率先して食事をお皿に分けたり、席を移動して話をしたり。要は食事を
楽しんでいれば周囲は食べていないことなど全く気にしていませんし、ましてや
わざわざ料理を勧めてきたりもしません。ちょこまか動き回っていれば、なんだ
かあいつは盛り上がってるな程度で受け止められるのです。

一番、みなさんが抱える悩みは自分がどう見られているかということ。
「食べられるか」という心配は気づけば、周囲への視線という恐怖にすり替わっ
ており、対人にたいしていかにリラックスした状態でいられるかという問題に変
わってくると思うのです。

ならば対人との恐怖にとことん向き合わねばならない。
これは快方に向けての一番のおおきな壁です。

親しい人とばかりでは慣れ合いが生じてしまいますし、かといって初対面の人ば
かりではこっちが潰れてしまう。

そこでおおきな助けになってくれるのがSNSなどでの当事者同士のネットワークで
す。

ネットで調べるだけでも「会食恐怖」について悩みを共有しているグループはた
くさんあります。

次回はそういった方々との実際の交流についてお話したいと思います。


ISAO

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