2013年2月10日日曜日

至福の10年

先週の日曜日、「アンカツ」こと安藤勝己騎手の引退式が京都競馬場であり、急遽、京都まで足を運んだ。

アンカツさんは個人的に色々な思い出があり、これは行かないと後々後悔すると思って、引退発表の翌日切符を買った。

土日の2日間滞在し、初日は京都市内を散策、節分の時期もあって恵方巻を食べたり、普段観光では通らないような裏路地を気の向くまま歩いた。
日曜日は朝から京都競馬場に入り浸り、初めての淀のターフを隅々まで見物した。

アンカツさんは2003年に笠松競馬からJRAに移籍し、移籍後わずか1カ月でGⅠ高松宮記念を勝利した。

当時、大学3年だった僕はラジオでその実況を聴いていたのを鮮明に覚えている。
既に40歳を超えていたアンカツさんがJRAに活躍の場を移したというのは非常に興味があった。既に若干30齢にして円熟期に入ろうとしていた武豊をはじめ、外国人ジョッキーが次々に来日している中でどこまでやれるのか?
まして地方に比べ、中央では前に馬を置いて押し切るだけの競馬では勝てない。

本人曰く、「折り合いだとか、差し・追込みみたいな乗り方は中央で初めて意識した」と語っている。

スタートも地方なら出遅れは致命傷。でも、「中央の広いところだったらなんとかなる。」と、中央での騎乗方法の選択肢が増えた事に対して「競馬」への探究心が増したようだった。

実際に、笠松に行ってみるとわかるが、コーナーがとんでもなくキツイ。馬も斜めに馬体を傾けながらかなり減速して回ってくる。これでは差し・追い込みはなかなか決まらない。しかも直線は200mちょっと。勝つには引っかかろうが、脚が鈍かろうが、前に追い出すしかないのである。

高松宮記念の勝利を皮切りに、引退までGⅠ通算22勝を挙げた。10年間で22勝というのは25年間で65勝の武豊に引けを取らない。(武さんは武さんで偉大なのは言うまでもない)
アンカツさんが騎乗すると、とにかくよく馬が動く。特に2歳、3歳の気性が激しい時期の馬をあれだけスムーズに乗れるのは日本の競馬界でも指折りしかいない。
馬体にビチッと体を重ね、まさしく人馬一体となったブレのない騎乗スタイルは観ていて美しかった。そして、最後の直線の手綱裁きも最短距離で馬体に鞭打つ。その音は高く引き締まっていた。

基本的に笠松時代の影響もあってか、1200~2000Mを得意としていたように思う。もちろん、長距離が苦手というわけではなく、(菊花賞・天皇賞〈春〉など長距離GⅠも勝っている)スプリントからマイルにかけてはレース運びが群を抜いていた。

内ラチ沿いにコースを獲り、最短距離で直線まで馬を持ってくる。追い出しのタイミングも計ったかのように最後ゴール板できっちり差しきる。逃げの場合も後続の追い込みを最後のところで捉えさせない。計算された騎乗というより、感覚としてカラダが覚えた結果なのだろう。

この10年間、2003~2005は武豊、岡部幸雄、安藤勝己、という競馬史上でも屈指のトップジョッキーが凌ぎを削り、アンカツさんの移籍以後、地方の名手が次々と中央に移籍してきた。岩田康誠、内田博幸、小牧太など今やGⅠの常連には地方出身のジョッキーが名を連ねる。

それも安藤勝己というジョッキーが地方のレベルの高さを中央に見せつけ、誰もがその実力を認めたからに他ならない。

日本競馬が世界レベルに到達しつつあるなかで、あと時代が10年早かったらと、たらればを言ってしまうのが私だけであろうか。

競馬界に残した功績は、それだけ偉大にしてアンカツさんだからこそできた軌跡なのである。


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